昭和56年男とつるむおっさん。

ルパンと次元、飛雄馬と宙太、ミックとキース、欽ちゃんと二郎さん、ミーちゃんとケイちゃん、ケンケンと魔王、やすしときよしなどなど、挙げたらきりのないほどの名コンビに僕らは憧れた。彼らは互いを相棒として、ときに厳しくときに愛情で互いを切磋琢磨しあう。実際はドロドロなコンビもいただろうが、ガキの頃の我々にはとても純度の高い関係だと崇めていた。

さて、そんなすごい方と並べて僕が語るのはおこがましいけれど、かつて心の底より相棒と呼べる男(http://www.s40otoko.com/archives/40396)が存在した。親友ともニュアンスが違う相棒という関係を意識して憧れてしまうのは、前述のすごいコンビを見て育ったからだろうか。

高2の秋にギタリストとしてバンドに加入して解散するまでの約10年、本当にもつれるように生きた。ビールを片手に音楽の話をすれば止まることなく、翌日はいつも二日酔いだった。ライブでは彼を引き寄せて1本のマイクで歌った。曲を一緒に作り、たくさんの喧嘩をした相棒はもうこの世におらず、以来、ギタリストとは真剣につるんでなかった。多くのギタリストと演奏したが相棒と呼ぶ存在がいないのは、ヤツとの時間があまりにも濃密だったのと、ちょっと臆病になっているのかもしれない。

が、本当に久しぶりに僕は写真の彼を相棒と呼ぶ。去年組んだバンドのギタリストで昭和56年生まれだ。音楽を聴きながら議論を交わして理解を深め、曲作りをしながら互いのいいところを引き出し合っていく。まさしく相棒だ。とはいえ、かつてのように時間が取れるはずはない。互いに仕事と自分の世界がある。一緒に時間共有して音楽を作れる時間は極めて限られていて、得られた時の集中力の高さは普段の仕事にいい影響を与えてくれている。

昨日は1ヶ月ぶりに(http://www.s40otoko.com/archives/44199)『浅草秘密基地』に来て、僕の余興を手伝ってくれた。10数名の参加者ながら大きな拍手をいただき2人大満足の夜だった。今後も少しずつにはなってしまうが、互いの理解と信頼を深めていく。仕事のパートナーと同様で、まっすぐごまかさず付き合っていくことがその近道であることをかみしめながらだ。不定期だが、浅草でまだまだ未熟なコンビを眺めるのも楽しいぞ。ぜひっ。

 

<プロデューサーのつぶやき>

自身が昭和40年生まれでもある初代編集長で、現在はプロデューサーとして活動中の北村が、思ったこと、感じたことを同世代へのメッセージを込めて書き連ねます。(本エントリーは、本誌ブログを再掲載したものです)