「アスペルガー症候群」五つの特徴

アスペルガー症候群」五つの特徴

2017年7月7日 工藤千秋 / くどうちあき脳神経外科クリニック院長

 前回は、発達障害の一例として注意欠陥多動性障害ADHD)を取り上げました。このADHDと並んで発達障害として有名なのが対人関係の障害などがある「アスペルガー症候群」です。

 実は現在、専門家の間では、この名前は使われていません。発達障害の診断基準として世界的に使用されているのは、アメリカ精神医学会が策定している「精神疾患の診断と統計マニュアル(DSM)」ですが、2013年の改訂第5版(DSM-5)で、アスペルガー症候群自閉症などと包括して、「自閉症スペクトラム障害ASD)」と改めたためです。もっともDSM-5については精神科医の中でも賛否があるのが実際です。今回はASDの中の旧・アスペルガー症候群について、その特徴をお話ししたいと思います。

 日本国内には現在、アスペルガー症候群の人が人口の1%いるといわれています。この計算ならば国内には120万人いることになります。アスペルガー症候群の最大の特徴は、知的障害はなく、子供の頃からほぼ一貫して人間関係に難があり、こだわりが強いというものです。

社会人生活で現れる特徴

 アスペルガー症候群の人が、社会人として生活を送っている際に顕在化しやすい特徴は、具体的に次の五つに集約されます。

 一つ目は、交渉事が極めて苦手なことです。通常のビジネスシーンならば、相手と何か取り決めをする場合は、自分の意見を言うと同時に相手の意見も聞いて落としどころを探るものです。しかし、アスペルガー症候群の患者は、ほとんど相手の話を聞かずに自分の意見を主張します。相手がおもんばかって遠回しな言い方をすると、それを額面通りに受け取り、本当に意味することに気づきません。つまり「忖度(そんたく)」が困難なのです。

 二つ目は、とっさのシチュエーションに対応できず、混乱することが多いことです。例えば1日に4件の仕事のアポイントメントがあったとします。1件目の終了直後に2件目の相手から都合で延期してほしいと連絡が入りました。通常ならば、空き時間で別の業務を処理するか、後半2件のアポイントメントの相手と交渉して予定をやや前倒ししてもらうなどの調整を行うものです。ところがアスペルガー症候群の人は、こうした局面で「どうしようか?」ということだけが頭の中で堂々巡りをし、結局何もせずに時間を過ごしてしまいがちです。

 三つ目は、自分の作業に夢中になって周りが全く見えなくなることです。例えば、仕事で大きなプロジェクトに関わっている最中に、その中の特定部分に異常なまでにこだわって作業を進め、全体の進行状況には無頓着になります。料理をする人ならば、調味料の量が小さじ2分の1か3分の1かまでこだわるのに、家族がおなかを空かして待っていてもそっちのけにしてしまいます。

 四つ目は、他人の顔と名前が一致させられないことがしばしばあります。基本的にアスペルガー症候群の人は他人への関心が低く、数回会った程度の人では、顔や名前を記憶していても、それが一致させられない。Aさんに会ったのに、同じ程度会ったことのあるBさんと勘違いしてしまうという具合です。

 そして五つ目は、特定の人と深く親しくなることが苦手なことです。端的な例としては異性との交際が長続きしません。また、大人社会では、仕事であれ、プライベートであれ、「ギブ・アンド・テーク」はある程度基本です。ところが、自分がひたすら与えるだけだったり、相手からしてもらうだけだったりすることが多いのです。

 このような特徴を挙げると、マイナスのみの印象を持たれるかもしれませんが、特定のことにこだわるゆえに、アスペルガー症候群の人は特定分野で天才的な能力を発揮することもあります。

アスペルガー症候群の治療に光

 では、アスペルガー症候群にはどのような治療方法があるのかというと、ADHDと違って薬物療法という手段は今のところありません。現在、行われているのは主として認知行動療法です。人は何かが起きた時に自然に頭に浮かぶイメージがあります。これを自動思考と呼びます。認知行動療法では、アスペルガー症候群の人の自動思考をまず把握し、現実と極端な偏りがないかを探り出します。偏りがあれば、そこを医師との対話を通じて修正していくのです。当然、一朝一夕で効果が期待できるものではなく、根気よく治療を続けることが何よりも肝要です。

 一方、新たな薬物療法の可能性も見え始めています。東京大学のグループが2015年9月、脳で生成されるオキシトシンというホルモンを1日2回6週間にわたって、アスペルガー症候群の人の鼻にスプレーすることで、対人コミュニケーションの改善が認められたと報告しています。

 オキシトシンは元々、子宮筋を収縮させて分娩を促進させる作用や乳汁分泌作用などが知られています。また、他人と信頼関係を築きやすくする効果があるとの報告もあります。日本では出産時の陣痛促進目的で注射剤が使用されていますが、ヨーロッパでは授乳促進目的で経鼻薬が使用されています。

 経鼻薬という形態は、脳の前頭前野に到達しやすいという特徴があります。前頭前野は、他者の感情や考えを理解したり、他者の考えを論理的・客観的に推論したりする機能に関わる部分を含んでいます。アスペルガー症候群への臨床応用が実現すれば、現在袋小路状態の治療に光明をもたらすかもしれません。【聞き手=ジャーナリスト・村上和巳】